ボニン・天使の歌

 2020年2月、私は父島を出港するおがさわら丸の上にいた。墨田区にある錦糸町本部勤務の私は外来ネズミ類の調査に赴くためによくこの船に乗る。入社2年目になって小笠原諸島の業務に携わっているが、この1年で5往復目である。しかし、この時は今までと違っていた。いつも通り、見送り船が、盛大にお見送りをしてくれる。

 

 そんな中、私は遠くの方を見ていた。すると突然、水面から巨大な何かが飛び出してきて、しぶきをあげて横たえるように水面へと沈んでいく。ザトウクジラMegaptera novaeangliaeだ。我々と同じ哺乳類であるが、胸鰭(我々の体では上腕から指先にあたる)をひとかきするだけで、大きな白波が立つ。とてつもないスケールだ。

 

 すぐさま一眼レフカメラのファインダー越しに待ち構える。是非ともその姿を収めたい。しかし、現実はそうはいかない。彼らは実に神出鬼没だ。潮を吹いたのが見え、「あそこにいる!」と思って待ち構えても、数秒の間に水中を移動し、数百メートル先に顔を出す。ファインダーで捉える頃には彼らが横たえた痕跡が残るのみである。結局撮れたのはかすかにしぶきが残る情けない写真であった。

父島沖、おがさわら丸から筆者が撮影

 

 ところで、彼らは繁殖のために、この季節の小笠原諸島近海に訪れる。私が目にした行動はブリーチングと呼ばれ、ザトウクジラなどの鯨類でみられる。その大胆なふるまいの真意は実はよくわかっていない。体表についた寄生虫の除去?繁殖相手へのアピール?クジラを狙う捕食者(シャチ)への牽制?それともただ遊んでいるだけなのか?いずれにしてもこれまでに科学的な検証はされていない。なんとも神秘的で、探求心と想像力を刺激される。それもまた彼らの魅力である。

ザトウクジラにはユニークで魅力的な一面がほかにもある。彼らは素晴らしい歌うたいでもあるのだ。繁殖地でしか聞かれないことや、成熟した雄でのみ確認されていることから、多くの鯨類、あるいは鳥類がそうであるように繁殖相手やほかのオスへのアピールのために歌うと考えられている(Payne and McVay 1971)。しかし、その歌はほかの動物と比べても異質である。まさに我々が歌う“歌”のように、段階的で複雑なのだ。

 

 Payne and McVay (1971)によれば、ザトウクジラの歌には連続した鳴音の最小単位“ユニット”があり、それが、いくつか典型的パターンにより繰り返される“フレーズ”となる。類似したフレーズの繰り返しで“テーマ”が構成され、その長さは数分からときに数時間にもおよぶという。しかも、人間の“歌”のように地域によって文化があるのだ。即ち、同じ地域で歌われる歌は似通っており、異なる海洋では歌の構造が違っている(前田 2002)。さらに、その歌にも年次変化があり、翌年には同じ個体群の間で別の歌が歌われる。まるでポップミュージックの流行り廃りのようだ。

 

 これらの事象は、彼らの歌が個体間で交流しあい、影響しあっていることを示唆している。一方、小笠原海域と沖縄海域でみられる各個体群間には、歌の類似性がみられ、これらは音響的に交流しあっていると考えられている(Maeda et al. 2000)。小笠原諸島と沖縄諸島との距離はおよそ1300劼砲發よぶが、彼らにしてみれば、文字通り泳いで行ける距離なのだろう。我々と同じ歌を歌う哺乳類という共通点はあるが、なんともスケールが違うではないか。

 

 余談であるが、この美しい歌はアメリカ航空宇宙局(NASA)によるボイジャー計画においてゴールデンレコード*の中に収録されている。クジラの歌を乗せたボイジャー1号、2号は今も太陽系外を航海し続けているが、遠い未来、遠く銀河の彼方の誰かのもとに届くのかもしれない。小笠原と沖縄どころの話ではない。

 

 

 なんだか、壮大な話になってしまった。東京と小笠原諸島間はたかが1000卍だが、次に彼らに会うときにはその歌を是非とも聴いてみたい。そんなことを考えているうちに船は小笠原諸島を離れ、太平洋の只中へ。ちっぽけな哺乳類は荒波の中、ひどい船酔いに苦しめられるのであった。

 

 

*ゴールデンレコードとは、アメリカ航空宇宙局(NASA)により1970年代に打ち上げられた無人探査機ボイジャー1号、2号に搭載された記録盤であり、太陽系外へと発射された。地球外知的生命体へ地球の情報を伝達するため、様々な国の挨拶や楽曲、動物の鳴き声等が録音されているほか、地球人の模式図などが刻まれている。平たく言えば、宇宙人に向けたタイムカプセルである。

 

参考文献

Payne, R. and McVay, S. 1971. Songs of Humpback whales. Science.173:585−597.

Maeda, H. Higashi, N. Uchida, S. Sato, F. Yamaguchi, M.Koido, T. and Takemmura, A.2000.Songs of Humpback whales in the Ryukyu and Bonin Regions. Mammal Study 25:59−73.

前田英雅. 2002. 沖縄海域におけるザトウクジラの鳴音の音響特性に関する研究. 長崎大学大学院2001年度博士論文.

 


忍法・影分身の術 其の二

過去の記事(http://ogasawara.jwrc.or.jp/?eid=85)でメスのみでクローン繁殖するヤモリ、オガサワラヤモリについて説明しましたが、今回はその第二弾となります。

 

オガサワラヤモリは全個体がメスで各々が自身のコピーを産んでいくため、理論上すべての個体が同一のクローンとなるはずです。

 

しかし!実は小笠原諸島には2種類のクローンが分布しているのです!!

見比べてみると明らかに背中の模様が違いますよね。

この記事では便宜上写真左をクローン1、右をクローン2と呼ぶことにします。

 

ヤモリ類はカメレオンと同様に体色が背景に併せて変化するのですが、斑紋の位置・大きさは変化しません。

クローン1は胴体背面に一対の斑紋が連続しているのに対し、クローン2では頭部と首の付け根および尾の付け根背面に黒い斑紋があるのが確認できます。これら斑紋の配置の違いからクローンを識別することができます(野外での識別は難しいですが…)。

 

また、親子判定にも利用されているアロザイム解析やマイクロサテライト解析と呼ばれる方法でDNAをクローン間で比較してみると、種内変異の域は出ませんが違いがみられることがわかっています(Yamashiro et al., 2000; Murakami et al., 2015)。それに加え、染色体数も異なっていることもいくつかの研究論文で報告されています(Yamashiro et al., 2000)。

 

さらに!クローン間で性格も異なっていることがわかっています!

端的に言えば、クローン1は餌場などを巡って激しく争う好戦的なタイプであり、

一方でクローン2は夜間も隠れている時間が長く、争いを好まない臆病なタイプであることがわかっています。

まとめると小笠原諸島に生息するオガサワラヤモリには2種類のクローンがいて、これらは形態的にも遺伝的にも生態的にも異なると考えられています。

これはもはや別の生き物といっても過言ではないでしょう。

 

また、小笠原と同じ海洋島として知られる大東諸島にはなんと17種類ものクローンが分布しています(Yamashiro et al., 2000)。これらについてもまた別の機会に紹介したいと思います。

 

さて、単為生殖をはじめとする無性的に増える生物の欠点として、遺伝的に単一になってしまうことが挙げられます。遺伝的に単一だと、当然病原菌などへの耐性も皆同じになるわけですから、環境の変化や病気の流行によって絶滅しやすいと考えられ、長期的にみると有性生殖種に比べて不利だと言われています。だからこそ多くの動物には性別なるものが存在するわけです。

 

しかし、オガサワラヤモリに様々な種類のクローンがいることを考えると、遺伝的多様性を高める何らかの手段を持っているように見えます。

だとしたら、「本当に生物にオスは必要なの?」と私も男ですが疑問に思ってしまいます。

 

ヤモリ一つとってみてもこんなにも不思議で神秘的。

やはり生き物の世界は底が見えませんね。

担当:村上

 

YAMASHIRO, S., TODA, M., AND OTA, H. 2000. Clonal composition of the parthenogenetic gecko, Lepidodactylus lugubris, at the northernmost extremity of its range. Zoological Science 17: 1013–1020.

 

MURAKAMI, Y., SUGAWARA, H., TAKAHASHI, H., AND HAYASHI, F. 2015. Population genetic structure and distribution patterns of sexual and asexual gecko species in the Ogasawara Islands. Ecological Research 30: 471–478


MYマイマイ〜小笠原小学校でのマイマイ授業2019・後編〜

11月と12月に、小笠原小学校の1年生に向けてマイマイ授業を4回にわたり行いました。

第1回、第2回の授業では、マイマイという生き物について学習し、実際に身近にいるマイマイをつかまえました。

3回目の授業では、小笠原にしか住んでいない、固有のマイマイであるカタマイマイについて学習します。

 

小笠原世界遺産センター

 

固有のマイマイを飼育している世界遺産センターにみんなで移動します。まずはカタマイマイがどうやって遠い小笠原にやってきたのか、どうしていろいろな種類がいるのかを学習しました。ところどころ、今までの授業の内容でも触れた内容だったのですが、私が質問をするとみんなしっかり覚えてくれていて、正しく答えてくれました。

 

また、普段は入ることのできない保護増殖室の中では、飼育しているコハクアナカタマイマイに餌をあげました。よく耳を澄ませると、マイマイが餌を食べる音が聞こえます。にぎやかだった子供たちも静まり返り、真剣に音を聞いていました。

マイマイが餌を食べる音に耳を澄ませる生徒

4回目、最後の授業では、2回目の授業から飼育をしていたウスカワマイマイを元居た場所に返す、お別れ会を行いました。

今まで勉強に付き合ってくれたお礼を込めて、生徒たちが考えた方法でお見送りをします。枝と落ち葉で作ったマイマイハウスを建てて、マイマイの好きな野菜をハウスに入れてあげました。

マイマイハウス

ありがとう、ウスカワマイマイ。

4回の学習を通じて、初めはマイマイの苦手だった生徒もいましたが、最後にはみんながマイマイのことを好きになってくれました。

お別れ会

 

マイマイがきかっけとなって、ほかの生き物にも興味を持ってくれると嬉しいですね。

以上、全4回のマイマイ授業の内容をお届けしました。

 

伊藤


MYマイマイ〜小笠原小学校でのマイマイ授業2019・前編〜

11月と12月に、小笠原小学校の1年生に向けてマイマイ授業を4回にわたり行いました。

一年生のみんなにも、マイマイを知ってもらい、好きになってもらいたい、そんな思いで授業をさせていただきました。

 

1回目の授業では、マイマイの体やさまざまな種類について勉強しました。

 

質問に元気よく返事をする生徒たち

 

小笠原には長い年月をかけて独自に進化した固有のマイマイが数多く生息しています。しかし、残念ながら私たちの住んでいる父島では、外来生物などの影響によって現在ではほとんど見ることができなくなってしまいました。ですが、外来種のマイマイであれば街中でも簡単に見つけることができます。

授業では、外来種のオキナワウスカワマイマイにも協力してもらい、マイマイの体や歩き方や食べ物の話などをクイズで紹介しました。

クイズではみんな正解を連発、さすがに小笠原の子供たちはよく知っています。

 

2回目の授業では、小学校の中でマイマイを探しました。

1回目の授業で勉強した、マイマイの好きそうな場所を思い出しながら、みんな一生懸命探してくれました。

 

マイマイを探す生徒

 

つかまえたマイマイを育てるケースも準備します。マイマイに思い思いの名前を付けて、今日の授業は終了です。

今日つかまえたマイマイはこれから2週間、生徒たちがお世話をします。

マイマイたち、元気に育ってね

飼育ケースのようす

伊藤


小笠原のオカヤドカリ紹介

ペット大国である日本は、犬、猫、鳥のみならず、ゾウガメやカエルといった爬虫両生類や、はたまた昆虫類の飼育が浸透している国ですが、今回は人気のペットの1つ、オカヤドカリについてご紹介します。

 

ヒロベソカタマイマイの殻を背負うムラサキオカヤドカリCoenobita purpureus(天然記念物)。日本に生息するオカヤドカリ属は全て国の天然記念物である。

 

 

分類学上、オカヤドカリ属に含まれる種を総称してオカヤドカリと呼んでいます。小笠原諸島においては6種が確認されており、よく見かけるのはムラサキオカヤドカリ、ナキオカヤドカリの2種です。

 

ヤドカリといえば、普段は海の中に暮らしていてあまり陸地に上がる印象はありませんが、オカヤドカリは主として陸上生活を送り、小笠原や南西諸島などの生息地では陸地で人の目に触れる機会も多いのです。

 

南島で目にするオカヤドカリは、絶滅種かつ天然記念物でもあるヒロベソカタマイマイの殻を利用することが多いため、天然記念物が天然記念物の殻を背負うという(何となく)満足度の高い見た目となっています。

 

左上:兄島はカタマイマイ属の殻がひときわ多い。

左下:父島にて、アフリカマイマイの殻を背負った大型のムラサキオカヤドカリ。

右上:時には人工物も利用する。

右下:交尾前ガードを行うオス個体。

 

 

夏の夜、メス個体は腹部に抱えた幼生を海に放出します。その際、交尾相手を探すオスも入り交じり、すさまじい集団となります。

 

繁殖期は昼間でも浜に集合していることがある。

 

 

そして放出された幼生は幼生期を海で過ごし、ゾエア→グラウコトエという段階を経て稚ヤドカリになり、再び陸に上陸するのです。

 

写真右:海中を漂うオカヤドカリ属の幼生(グラウコトエ)。

 

そういえば、冒頭で「人気のペット」と紹介しましたが、天然記念物であるオカヤドカリを捕獲しようものなら文化財保護法に抵触してしまいます。

 

一般に販売されているオカヤドカリは、特定の業者が国の許可を受けて捕獲しているものですので、ご安心ください…。

 

担当:小山田



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