小笠原寄席(1)「世界遺産」

本日は、小笠原寄席においでいただき、誠にありがとうございます。これから、不定期に、小笠原諸島に関連するお話をして参りたいと思っておりますので、ごひいきにお願いいたします。


「ご隠居さん、いますか」
「おお、これは八さん、お上がんなさい」
「はい、いただきます」
「何を言ってるんだい、食べ物をお上がりと言ってるんじゃないよ、こっちへ上がんなさいと言ってるんだ」
「そんならはじめからそういやいいじゃないか。どっこいしょっと」
「それで何か用かい」
「そうなんですよ、ご隠居は物知りで知らないことはないって評判なんでね、ちょっと聞きたいことがあったんですよ」
「そうかい、まあたいていのことは知ってるよ」
「それじゃ、家のかかあのへそくりの場所知ってますか」
「そんなものはわかりゃしないよ」
「まあ、それは冗談ですが、最近セカイイサンがどうたらこうたらって話を聞いたんですが、胃散なんかほしがるなんて、二日酔いかなんかになったんですか」
「その胃散じゃないよ、世界遺産と言うのは、ユネスコに事務局がある世界遺産委員会というものが定めたもので、後世に残すべき優れた自然や景観、文化などのことさ。日本でも、白神山地や屋久島なんかが真っ先に登録され、最近では、小笠原諸島が登録されたな」
「へー、小笠原さんは遺産がたんまり転がり込んで、大もうけって訳ですか」
「遺産と言っても、お金ではないんだ」
「じゃ、何が転がり込んだんです」
「小笠原諸島は、これまで大陸とは陸続きになったことがない海洋島で、大陸や大きな島からも千キロ以上も離れており、たどり着いた生き物が独自の進化を遂げつつあると言うのが、評価されたんだ。世界遺産と言うのは、小笠原の人がもらうのではなく、世界中の人がもらうということさ」
「えー、それじゃ、逆に損じゃないですか。なんでわざわざそんなことしたんです」
「まあ、世界が認めたすばらしい自然だと言うことで、世界中の人がやってくる様になり、国や都などもそれなりの支援をしてくれる訳さ」
「広告の看板みたいなもんですね」
「これも小笠原が海洋島だったことによるんだ」
「えー、その海洋島ってのはいったいなんです」
「さっきも言ったけど、海洋島と言うのは、島ができてから一度も大陸とつながったことがない島のことなんだ。」
「そんなー、島がくっついたり離れたりするもんですか、最近の芸能界じゃあるまいし」
「まあ、確かに人間の短い一生からすれば、島がすいすいと動いて大陸につながるなんて事はないんだが、数万年数十万年ともなると、海面が低くなってそれまで海だったところが干上がって、陸続きになったりするんだ。特に日本列島の様に大陸に近い島は、大陸棚と言われる浅い海の上にできているので、少し海面が下がっただけで陸続きになった訳だ。八さんが住んでるこの東京だって、大昔には大陸と陸続きになっていたらしい」
「へー、それじゃ昔は歩いてパリにだっていけたんだ」
「まあ、当時はパリなんてないけど、そのとおりだよ。それが証拠には、大陸にしかいないゾウの仲間も日本で化石になって見つかっている」
「ははーん、ゾウも落語聞きにきたかったんですね。そんじゃ、小笠原だってくっついたんじゃないんですか」
「実は、海面が下がると言っても100mとかせいぜい200mくらいなので、1000m以上も深い海を隔てている上に、1000kmも陸からはなれているので、つながることはない。まさに絶海の孤島、海洋島というわけさ」
「へー、ちょっと寂しいですね」
「まあ、その海洋島だからこそ、世界遺産としての価値が認められたって事だね」
「どうりで、カイヨウだけにイサンが効くでしょう」

お後がよろしいようで。

世界遺産の島小笠原父島(小港海岸)

挿絵・文:福山研二(自然環境研究センター客員研究員)


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